月夜見

       お年始のご挨拶 〜大川の向こう

 
今年はまた、随分と暖かいお正月になり、
山茶花と競い合うようにもう椿が咲いたところもあったと聞くぞと、
御主である指物師の老師が口にし、

 「早いところでは、梅も咲いているという話での。」
 「あらまあ、せっかちなことですね。」

世話役のご婦人が、つやっぽい表情で目許を細めてふふふと笑う。
片田舎の小さな里は、
その立地がまた、大きな川の真ん中の中洲という変わった場所であるがため。
微妙に周囲の土地から切り離されているせいだろか、
時間の流れもどこかまったりのんびりしているようで。
年の瀬だ、お正月だという賑わいも、
おめでたい節目という晴れやかさこそあったれど、
さあ荷物を抱えて海外まで旅行に出ようという忙しさや、
大売出しや初売りバーゲンへの参戦だという勇ましさにはあんまり縁のない住人たちが、
あちこちが一斉にお休みとなる、昔ながらのお正月をのほほんと堪能しておいで。

 そういえば、最近の成人の日は十五日じゃあなくなったようだね
 今頃 何言ってられるんですよ、なんて

もしかして判っててのお言いようだろうレイリーからの問いかけへ、
くすすと笑うと小さな竹製の耳かきを止め、
お膝に乗っけた横顔を見下ろして、
ちょっぴり悪態気味のお言いようを返すシャッキーさんだったりもして。
小さな中洲の里は、どちらかといや暖かい気候の土地だけど、
水際なせいか冬場は結構底冷えもする。
そんな土地だというに、
そういやまだ大仰なコートは羽織ってなかったねぇとか、
うっかりマフラーしてこなかったよなんて会話が交わされていたほどだった年末年始で。

 「そういえば、油断しているとミカンがあっという間に傷んでしまうんですよね。」

暖かいからお野菜も安いかといや、
物によっては旬が前倒しとなってしまったものもあり。
ミカンや柑橘は、熟れすぎた結果か、選別の段階で随分と弾かれてしまい、
市場までたどり着ける数は逆に少ないという珍妙な結果になってもいるらしく。

 「なので、レイさんも毎日二個は食べて下さいね。」
 「二個か、あい分かった。」

買い置きのが傷む前にと、義務のように言い置いたお姉さんだったが、
実のところは風邪除けに食べてほしいらしいのを、
薄々察しつつ、気づかぬ素振りで応じるところがやっぱり大人のやり取りで。
丁寧にお掃除をしてもらった耳元を、
まだ少しくすぐったかったか
身を起こしつつするりと指先で撫でた老師のそのお耳へ、
外からの何かが届いたらしく。

 「そこの障子を開けてくれないか。」
 「はい。」

お行儀良くもお膝を揃えたまま、
まずはかかとを立てて立ち上がり、畳の上をさらさら立って行ったお姉さん。
手を掛けた障子をさらりと開けば、丁寧に手入れされた中庭が望める。
ここでも早咲きのサザンカの生け垣の足元には、
ジンチョウゲの茂みがあって、
もうじき甘い香りのする赤紫の蕾が膨らむはずで。
それらに縁どられた庭への入り口、
表へ接している枝折り戸がそれは元気よくバタンと開いたのへと。
あらまあ よく判りましたねと、
大きく目を見張ったシャッキ―から向けられた視線へ、
くくと愉快そうに笑ったレイリーであり。

 「レイリーのおっちゃんっ、シャッキーっ、あけましておめでとうだぞ!」

わぁいと万歳したまま駆けこんで来たのが、
暖かいとはいえ、それなりの外気の中を来たせいか鼻の頭や頬が真っ赤な馴染みの坊や。
いきなり大きなお声で元気なご挨拶を下さった彼だったのへ、

 「ルフィ、そういうのはすぐ前まで行ってからだ。」

ご挨拶のこんにちわだろう頭を下げつつ、
そのあとへ小声ですぐお隣の小さな弟分へ注意を囁く、
いがぐり頭の小さなお兄さんもご同行。
意を合わせたわけではなかろうが、
ちょっぴりもこもこしたキルティングのズボンに、
胸元に丸いワッペンを縫いつけた
ライトダウンのジャンパーを着ているところもお揃いで、
ちょっと見には十分 仲の良い兄弟で通じそうな凸凹コンビ。
わんぱくでお元気な、されど やることなすことあんまり可愛いものだから
この里で一番の人気者といったって過言ではない、ガキ大将のルフィ坊やと、
大町からも通う門弟が居るという
そっちの世界じゃあ名を馳せておいでの剣道場の
長男坊のゾロという組み合わせ。
双方の親御に言われたか、
それぞれにやはり大町の菓子店の紙袋を下げてのお出ましで。
落ち葉の一つもなく掃き清められた飛び石伝いに濡れ縁まで足を運べば、
わざわざ部屋の中からそちらも立ってこられた家人の二人が笑顔で迎え出てくれて。

 「えと、あけましておめでとーございます。こんねんもどーぞよろしくです。」

小さなガキ大将が改めてのお年始のご挨拶を伸べたのへ、ああよろしくなと老師が笑えば、
お兄さんの方が、つまらないものですがとの口上つきで手土産を差し出し、
あらあらとシャッキーさんが笑ったその手へ、小さい方の坊やも慌てて紙袋を突き出すのがまた可愛い。
いかにも親から言われてのご挨拶というかお使いという訪問だったようだが、
お年始のご挨拶にしてはやや遅く、
何より、こちらの里の真ん中にある神社での年初めの顔合わせにて、
双方の親御とは挨拶の言葉も既に交わしている老師殿であり。

 「ほれほれ、外は寒かろう。二人ともこのままここへ上がりなさい。」

日頃からも玄関からというお訪いようは少ない坊やたち。
いつもの調子でやってきた濡れ縁側だったので、
そのまま家の中へお上がりと勧めれば、
うんと素直にうなずいて、やや難儀をしつつ靴を脱いだルフィさんが蹴散らしたズックを、
小さいお兄さんがきちんと揃えてやるところも相変わらず。
年上目上の人だからという型通りの礼儀以上に、
こちらのレイリーさんが実は武道の達人であることも知っておればこその
言ってみれば、格上相手の折り目正しい素振りであるようで。

 “もうちっとやんちゃでもいいものをな。”

若しくは、俺だって負けてないぞという
敵対心をあからさまにするよな隙があれば面白いものをと思いつつ、
小さな弟分の世話に手を掛けているいがぐり頭の坊やを見守っておれば。
ジャケットを脱いで畳んだところで、
台所からココアを満たしたマグカップと
大人にはお茶を運んできたシャッキーさんが
ドライフルーツ入りのカップケーキを添えてどうぞと勧めて坐し直す。
幼い子供たちからすれば、随分と年上の大人たち二人だが、
これで気さくなところも知られておいでなせいか
物怖じして怖がったりする子もあまりいないし、
こちらの腕白さんなぞは、
自分の祖父殿ででもあるかのように
それは懐っこく接してもいて。
今回のご訪問も、そういう絡みのある代物であったらしく、

 「あんなあんな?
  二月になったら凧揚げ大会が大町の方であんだろ?」

ご挨拶も済んだのでということか、
いつもの口調になって口火を切ったのがルフィさん。
それへとうむと意を通じ、

 「おお、そうだったの。」

レイリーさんが頷いてくれる。
小さな中洲の里にも広場くらいはあるし、
小学校の校庭では里を上げてのにぎやかな運動会も催されるが、
いかんせん、場所柄から風向きが不安定なのと、
突風も吹きやすいので あまり凧揚げには向かぬ。
子供が個々人で小さいのを揚げる分には支障もないが、
大会なんぞと銘打って何人もで競って揚げようなんてなると、
駆け回るスペースだって多く必要にもなろうから…と、
この辺りでのそれは、
川の向こうの大町のグラウンドで、毎年の冬の行事として催されており、

 「今年はオレも自分の揚げるんだ♪」
 「あらでも、ルフィちゃんとこは毎年大きいのを揚げてなかったっけ?」

お父さんが雄々しい仲間内と一緒に経営しておいでの海運会社、
“赤髪運輸”のご一同で、
毎年結構大きいのを 力自慢たちがよいしょぉっとお見事な手綱さばきで揚げておいで。
凧の本体に貼る大きな和紙へは、
父上から請われてのこと、
こちらのレイリー老がそりゃあ雄々しい筆遣いの書を描いて差し上げてもおり、
毎年のそんなお楽しみを、坊やもワイワイと一緒に楽しんでいたはずじゃあと
シャッキ―としては怪訝に感じたらしかったのだが、

 「そっちはそっち。俺も自分の揚げるんだ。」

ふくふくとした頬へにっか―と笑った口許の口角を食いこませ、
満面の笑みとやらをご披露くださった小さな坊やの傍らでは、

 「俺たちで小さいの作ります。」

いがぐり頭の小さなお兄さんが、一応のですます口調でそうと付け足す。
どうやら、大凧揚げのご披露とは別口、
子供たちや一般の大人たちが競い合う方の凧揚げへ、
ルフィちゃんも参戦したいというお話らしく。

 「そいでな? レイリーのおっちゃんは木の小物とか上手に作れるから、
  竹ひごで骨組みするとことか教えてもらえるんじゃないかって。」

にゃは〜っと無邪気に笑っておいでの坊やも、
その傍についてきた後見役のお兄ちゃんの方も、
はっきり言ってそういう工作部門が得意そうには なるほど見えない。
せめて教えてもらえたならば、
根気のあるゾロの方がコツコツと組み立てて作ってしまえようからと、
そんな風に話がまとまり出もしたらしく。

 “…なぞという言いようをしたらば、”
 “たちまちルフィちゃんがへそを曲げそうだけど。”

年嵩のお二人が ちらと交わした目配せで察し合ったその通りだろう、
物事へのかかわり方にそういう図式が組み上がっている二人だってのも、
この里ではもはや有名すぎる次第だったりし。

 「判った判った。それじゃあ、今から教えてやろうかの。」
 「え? ホント?」

凄いなぁ、話早いなぁと、
今にもその場で立ち上がりそうなくらいに大喜びな小さな坊や。
実のところ、本人も話が早いなあと驚いたか、
目許をぱちくりさせていたゾロの方も、
凧揚げという冬場の付きもの、楽しみにしていたようでもあって。

 「あ、こらルフィ。」

いよいよお膝をパタパタさせ始めた弟分だったのへ、
こらと叱ったのがワンテンポ遅れたのがその証。
これからが本番で寒くなりそな冬ですが、
なに楽しくなりそうですねと、
電線に羽根を膨らませて留まっていた雀らが、
小首傾げて見下ろしていた、年の初めの昼下がり。





  〜Fine〜  16.01.10.

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   いちもんじ様 『レイリーさんへの年始挨拶』


 *暖かくていいお日和の続いたお正月でしたね。
  大川の里では、そりゃあのんびりと過ごせたことだろなぁ。
  これからが寒さ本番なんだろなと思うと
  いい心持ちはしませんが…。
  風邪なぞ拾わず、どうかご自愛くださいますように。

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